常圧蒸留と減圧蒸留
大麦やサツマイモ、米、黒糖などを主原料に造られる本格焼酎。それぞれの原料に由来する香味がおいしく、『麦焼酎』『芋焼酎』『米焼酎』『黒糖焼酎』というふうに原料の名前をつけて呼ばれています。しかし原料は同じでも、蒸留方法によってずいぶん味わいが異なることもあります。
本格焼酎をはじめウイスキーやブランデー、ジンやラムなどのスピリッツは蒸留酒です。アルコール発酵を終えた液体に熱を加えて気化させたのち、冷却して再び液体に戻すという方法で造られています。
ただの水を蒸留しても水にしかなりませんが、水の沸点が100℃であるのに対し、アルコールの沸点は78.3℃と低く、この温度差を利用。その中間の温度で熱するとアルコール成分が多く気化し、もとの発酵液よりもアルコール度数の高い液体ができるのです。
本格焼酎は『単式蒸留器』を使って蒸留されるのが定義。単式蒸留器は、アルコール発酵液を加熱する釜と、気化した気体が通る管、そして冷却器というシンプルな構成からなる伝統的な蒸留方法です。一工程で蒸留できるのは一度だけ。蒸留後のアルコール度数は、麦焼酎の場合は42〜43%、芋焼酎は37〜39%となります。
ブランデーやモルトウイスキーの蒸留に使われるのも、この単式蒸留器です。しかしモルトウイスキーの場合は、もとになる発酵液のアルコール度数が7〜8%と低いために、一回の蒸留では20%程度にしかならず、同じ工程を二度繰り返す『再留』によってアルコール度数を高めています。
一方で、一工程で高アルコールの蒸留酒を取り出す方法もあります。使われるのは『連続式蒸留機』。ひとつの工程の中で連続して何度も蒸留を繰り返すことができるので、原料に由来する香味成分がほとんどない、クセのない蒸留酒を留出することができます。大量生産にも適しており、アルコール度数は最高96%まで高めることが可能です。
単式蒸留器を用いた蒸留は伝統的な製法ですが、守られているのは“単式蒸留”という手法であり、“蒸留器”ではありません。単式蒸留器の素材や形状、サイズなどはさまざまなものがあり、求める酒質によって各蔵元が工夫を凝らしています。その性能は、時代の変化や人々の嗜好に合わせて、これまでもずいぶん進化してきました。
本格焼酎業界で最も衝撃的だったのは『減圧蒸留』技術の登場でしょう。それまでは地上と同じ1気圧の状態で『常圧蒸留』するのがあたりまえだったところに彗星のごとく現れ、本格焼酎の新しい方向性を切り拓きました。では、減圧蒸留とはどんな技なのでしょう?
富士山のてっぺんで食べるカップ麺は、いつもと違う。そんな話を聞いたことありませんか? 登りきった達成感と広がる絶景に、同じカップ麺でもおいしく感じるという話ではなく、その逆。いつもと同じように作っては、おいしくできないというのです。
その理由はこう。地上付近の大気圧は約1013hPa(ヘクトパスカル)で、山に100m登ると気圧は約10hPa下がります。富士山の高さは3776mなので、山頂での気圧は約630hPaというところでしょうか。気圧が低くなると液体の沸点が下がり、地上では100℃で沸騰する水も富士山頂では87℃で沸騰してしまうことに。つまり87℃のお湯を注いで3分待っても、ラーメンはまだ半煮えの状態というわけです。
このような気圧と沸点の関係を取り入れたのが減圧蒸留です。単式蒸留器の内部の圧力を、真空ポンプを使って通常の10分の1ほどに減圧。すると常圧蒸留では約85〜95℃で沸騰する発酵液(もろみ)が、約45〜55℃で沸騰するようになります。
沸騰する温度が高いほど、アルコール成分と一緒にいろんな成分が留出するため、常圧蒸留では風味豊かな酒質に。温度が低いと留出する成分が限られるため、減圧蒸留では風味がライトな酒質になるのです。
かつて本格焼酎は、九州の地元では愛飲されていても、飲み慣れない地域の人からはクセが強すぎて敬遠された時期がありました。しかしこの減圧蒸留が取り入れられるようになったことで、軽やかで飲みやすい本格焼酎が造れるようになり、より多くの人がおいしく楽しめるようになりました。
現在、麦焼酎や米焼酎の多くが減圧蒸留で造られていますが、黒麹仕込みの麦焼酎や樽貯蔵麦焼酎は違って、常圧蒸留によるパンチのある酒質が求められることが多いようです。芋焼酎や泡盛は常圧蒸留がほとんどですが、なかには減圧蒸留したライトなタイプや常圧蒸留した原酒と減圧蒸留した原酒をブレンドすることによって独自の味わいに仕上げたものも。常圧蒸留の焼酎と減圧蒸留の焼酎、ぜひ飲み比べてみてくださいね。
<参考文献>
鹿児島の本格焼酎 著/鹿児島県本格焼酎技術研究会 発行/春苑堂出版
うまい酒の科学 著/独立行政法人 酒類総合研究所
本格焼酎を極める 著/橋口孝司 発行/青春出版社