​杯洗と水入らず

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日本には昔から酒を酌み交わす風習があります。そうすることで人と人との交流を深めてきました。酒席に居合わせた者同士が杯を差しつ差されつするのは、ワインやウイスキーなどにはない日本酒らしい飲み方です。このような飲み方を『献酬(けんしゅう)』といいます。

 

まず目下の者が目上の方に杯を捧げ、酒を注ぐのが礼儀作法で、これが元来の意味の『献杯』。逆に下の者が上の方から酒を注いでもらう際は、「お流れ頂戴いたします」と言葉にしていただき、飲み干したあとには返杯します。

 

今ではひとりずつ自分の杯が手元にあるのが普通ですが、献杯やお流れ頂戴の場面では、ひとつの杯でやりとりをしました。ひとつの杯で酒を酌み交わすことによって心を通わすという考えです。だけどいくらなんでも、自分の唇が触れた杯をそのまま相手に渡すのは失礼にあたると思われたのでしょう。杯をすすぐ道具が生まれました。

江戸末期の『寛至天見聞随筆』という書物に「杯あらひの丼に水を入れ〜」とあり、もともとは大きな鉢や丼を使ったようです。当時は『杯スマシの丼(どんぶり)』と呼ばれました。その後、酒席により映えるように染付や色絵の磁器や漆器などの専用道具へと変わっていき、明治以降は『杯洗(はいせん)』と呼ばれるようになりました。

そして、この杯を洗う行為が「水入らず」という言葉の語源とされています。

つまり夫婦や親子など仲のいい二人だったら「杯なんか洗わなくていいよ=水いらず」というわけ。
さらには、こんなに親しい間柄なのに杯を洗うなんて「水くさい」じゃないか!
と発展していったのだとか。ホントかな?…笑

 

ネット検索してみても、現在『杯洗』を作っている窯元はありませんが、オークションでは昔の『杯洗』が出品されていました。その存在は日本酒の文化や歴史に関心のある方にしか知られていないようですが、こういった作法があったことは大事に覚えていたいなと思います。

そして、杯は人の数だけ用いるようになっても、差しつ差されつのコミュニケーションは守っていかなければと。

 

<参考文献>

酒道・酒席歳時記 著/國府田宏行 発行/菊水日本酒文化研究所