麹菌という微生物の働き
お酒は、『酵母』という微生物がブドウ糖などの糖類を食べてアルコールと炭酸ガスに分解する『アルコール発酵』によって造られます。しかし日本酒の原料である米や本格焼酎の原料である麦やサツマイモ、これらの主成分はデンプン。そのままでは大きすぎて、酵母は食べることができません。
そこで必要になるのが『麹菌』。麹菌はカビの一種でコウジカビとも呼ばれ、胞子の大きさは3〜10μm(マイクロメートル)、1mmの1/100以下。目に見えないほどの小さな生物ですが、麹菌が生産する酵素の力は絶大で、デンプンを粉々に分解して酵母が食べられるブドウ糖に変えてくれるのです。
また麹菌が生産する酵素にはタンパク質を分解する働きもあり、原料に含まれるタンパク質はアミノ酸に分解され、お酒の旨味に変わります。
麹菌を利用する発酵は、味噌や醤油、酢、さまざまな発酵食品も同様で、日本では古くから行われてきました。カビを利用した発酵は東アジアや東南アジアにもありますが、麹菌を使って糖化するのは日本だけ。日本の気候風土に適し、その固有性から2006年には日本の『国菌』として認定されました。
では、その麹菌。お酒造りの工程で、どのように使われるのでしょうか?
本格焼酎よりも古くから造られていた日本酒では、洗って蒸した米に『黄麹菌(学名:アスペルギルス・オリゼー)』の胞子を振りかけて繁殖させます。麹菌は米のなかに菌糸を伸ばして養分を吸収しながら、米の表面に黄色がかった胞子を密生させ、デンプンやタンパク質を分解する酵素をつくりだします。
麹菌を十分に培養した米は、単に『麹』と呼ばれます。米を原料にしているから『米麹』です。『糀』と書かれるのもまったく同じもので、胞子が密生したさまを花が咲いたように見立ててつくられた漢字。そして、このような麹をつくる工程を『製麹(せいきく)』といいます。
日本古来の麹菌は、日本酒造りに使われていたこの黄麹菌で、本格焼酎造りも100年ほど前までは黄麹菌が使われていました。しかし高温多湿な南九州では、雑菌の繁殖つまり腐造を防ぐことが大きな課題であり、解決策が求められてもいました。
そこで注目されたのが、南九州よりも暑い沖縄地方で造られている泡盛です。泡盛も日本酒や本格焼酎と同様に麹菌を使っていましたが、黄麹菌ではなく『黒麹菌(学名:アスペルギルス・アワモリ)』でした。黒麹菌は、デンプンやタンパク質をブドウ糖やアミノ酸に分解すると同時に多量のクエン酸を生成し、この酸によって雑菌の繁殖を抑えていたのです。
黒麹菌は沖縄から鹿児島へもたらされ、次第に九州全土に広まりました。黄麹菌より温度管理がしやすく、腐造の失敗が少ない。南九州で本格焼酎造りが今日のように盛んになったのは黒麹菌のおかげといえるでしょう。
しかし、デメリットがなかったわけではありません。黒麹菌は、その名の通り胞子が黒く、仕込み中に黒い胞子が飛び散るため、蔵も蔵人も真っ黒になってしまうのでした。
これを解決したのは、偶然の発見。1924年、河内源一郎という方が黒麹の胞子のなかに色の薄い胞子を見つけます。そして、分離、純粋培養に成功。黒麹菌同様にクエン酸を生成することができるのに、胞子は白っぽく、『白麹菌(学名:アスペルギルス・カワチ)』と名づけられました。これは扱いやすいとやがて主流になり、一時はほとんどの本格焼酎が白麹仕込みとなった時期もあったほどです。
現在、日本酒の酒造工程では、伝統的な黄麹菌が使われています。本格焼酎では、酒造環境も技術も飛躍的に向上したことから、白麹・黒麹・黄麹すべてが使われ、麹菌の違いによる多様な味わいが楽しめるようになっています。
麹菌だけでお酒の味わいが決まるわけではありませんが、一般に、
黄麹菌…フルーティで爽やかな香味
黒麹菌…どっしりとしたコクと旨味
白麹菌…すっきりと軽快でマイルド が特徴とされています。