スーパーやコンビニのリカーコーナーへ行くと、じつにたくさんの缶チューハイが並んでいる。それらのなかには、ウォッカが使われているものがあると聞いた。実際にイオンの酒コーナーで、いろんな缶を手に取っては裏返し、そこに書かれた原料表記を確かめてみると……、ホントだ!「ウォッカ」と記されたチューハイが最も多かった。
チューハイのチューは、焼酎のチューではなかったのか? 原料に焼酎と表記されている製品は、ごく一部しかない。いや、そもそもウォッカって、とてつもなく強烈な酒のイメージがあるのに、それが低アルコール飲料であるチューハイの原料っていうのは、どういうことなの?
ウォッカは、ロシア原産の酒だとされている。ポーランドと、どっちが発祥かという裁判争いをしたことがあったようだけど、結果的にはロシアオリジナルという主張が通った。ウォッカのスペルは「vodka」。スラブ語で水を意味する「voda(ヴォダ)」が名前の由来なので、「ヴォドゥカ」と発音するのが現地での呼び方に近い。
本格焼酎と同じスピリッツ(蒸留酒)の分類だが、大麦、小麦、ライ麦、トウモロコシ、ジャガイモなどを原料に糖化・発酵させ、連続式蒸留機で繰り返し蒸留を行う。だから蒸留後のアルコール度数は96度にまでなり、素材の風味はほとんどなく、ピュアなアルコールに近い。白樺の活性炭で濾過することで、さらに雑味を取り除き、水を加えてアルコール度数40度に調整して売られているのが一般的なウォッカだ。
40度だったらウイスキーやラムやジンなどと変わらない。強烈なイメージがあるのは、かつてロシアではウォッカはストレートで飲むのが一般的だったからだろう。冷凍室でキンキンに冷やしたウォッカをショットグラスに注いで、のどに放り込むようにして飲むのである。
パーティなどで乾杯をする際にもそうやって飲み、立て続けに何度も何度も乾杯を繰り返すのだという。そんな様子を旅行者が目にして、ロシア人は酒が強い、ロシア人が飲んでる酒は強烈だというイメージができあがったのかもしれない。
しかしいくら酒に強いといっても、なぜそんな飲み方をするのか。その理由は、ウォッカは口で味わう酒ではなく、のどごしの刺激を楽しむ酒だったからだ。ロシアは寒いから、体を温めるために酒を飲むなんて話を聞いたことがあるけど、それは違うようだ。いや、そういう人もきっといたとは思うけど、アルコールには血管拡張作用があって、結果として体温を発散させるので、本当に寒いときは逆効果。それこそ凍死してしまう。
厳寒期には冷凍室ではなく、わざわざ戸外で氷点下まで冷やしたものをストレートで飲る。これがロシアの飲べえたちにはたまらないらしい。外気温が-20℃になろうと-30℃になろうと凍ることはなく、トロ〜リとした口どけが楽しめる。
しかしこれは寒い地域で生まれた酒だからではなく、アルコール(エタノール)自体の凝固点が-114.5と低いため。酒の凍結温度はアルコール度数によって変わり、40度のウォッカだと-31℃までは凍らない。ちなみに家庭用冷蔵庫の冷凍室は-18℃程度であり、アルコール度数25度の本格焼酎を入れるとどうなるかやってみたら、シャリシャリのシャーベット状になった。「パーシャルショット」と呼ばれている飲み方で、夏には爽快だ。
さて、旧ソ連時代には、社会への不満からか国民の多くがウォッカ中毒に陥ってしまい、一時、生産が中止されたこともあったらしい。その後、徐々に解禁されていったら、また社会問題化。1985年に最高指導者に就任したミハイル・ゴルバチョフ氏は、国を挙げての反アルコールキャンペーンを展開した。しかしウォッカの製造は国家が管理していたので、貴重な税収入が減ってしまい、それだけでなく、ウォッカを求める国民の密造を助長する結果となってしまったのだった。
1991年に旧ソ連が崩壊し、ゴルバチョフ氏も退陣。新生ロシアの初代大統領となったエリツィン氏は無類の酒好きで、アルコール依存症だったという噂もある。来日した際にはホテルのBarのウォッカが底をついてしまったとか。う〜ん、ホントかな?笑
では、今もロシアの人はみんな酒豪で、ウォッカをストレートでくいくい飲んでいるのか。国民1人あたりのアルコール年間消費量という世界保健機関(WHO)による2018年のデータがある。
https://www.globalnote.jp/post-3958.html
これによると1位はセーシェル、2位〜5位はチェコ、ラトビア、ウガンダ、オーストリアと続くけれど、ロシアはなんと51位だ。
特にウォッカ離れは顕著で、年配層のファンはともかく若者たちにはアルコール度数の低いビールやワインの方が人気がある。2018年にロシアで開催されたサッカーワールドカップを現地で観戦した友人によると、スタジアムで販売されていた酒類はビールだけ。しかも、それも期間限定の特別な措置で、ふだんは酒類の販売は禁止されているのだという。
ロシア人=酒豪。ロシアといえばウォッカ。そんなイメージは、もはや過去のことなのだろうか。もちろん今も、ロシアには数え切れないほどの銘柄のウォッカがある。でも世界No.1の販売量を誇るブランド「スミノフ」は、じつはアメリカ産だ。
SMIRNOFF
スミノフ
すべてのスピリッツのなかで世界No.1の販売量を誇る正統派プレミアムウォッカ。
もともとはロシアのスミルノフ氏がモスクワで創業した銘柄なのだが、1917年のロシア革命の際にフランスへ亡命し、パリでウォッカ製造を再開。そこへアメリカに亡命していたロシア人が訪れ、アメリカ・カナダでの製造権と商標権を取得したというわけ。
トウモロコシを主原料にしたアメリカ産ウォッカは、すぐに人気が出て、同国は世界屈指のウォッカ消費国となっていったのだが、ここでロシアでのウォッカ情勢とは異なることがある。それは、ストレートで飲むのではなく、カクテルベースとして広がったということ。クセがなくピュアなアルコールと水に近いウォッカはフルーツジュースやシロップ、ソーダとの相性がよく、カクテルベースとしてうってつけだったのだ。
<アメリカで生まれたウォッカベースのスタンダードカクテル>
■スクリュードライバー
ウォッカ…1/2 オレンジジュース…1/2
アメリカ人技師がネジ回しでステアして作ったのがはじまりだとか。
■ソルティドッグ
ウォッカ…1/2 グレープフルーツジュース…1/2
グラスの縁をレモンで濡らして塩をつけるスノースタイルで。
■モスコミュール
ウォッカ…1/2 ライムジュース…1/4 ジンジャーエール…1/4
その名には、モスクワのラバのようにキックが強い酒という意味が。
ストレートではアルコール度数40度でも、カクテルならウォッカの分量でアルコール度数が簡単に調整できる。とはいえ、上記のレシピだとウォッカが半分入っているのでアルコール度数は約20度。氷で多少薄まっても15度くらいあるだろう。ロングカクテルとしてはかなり濃いので、口あたりがいいからついつい飲み過ぎてしまうと痛い目に会う。
映画007シリーズに登場するジェームズ・ボンドは、ウォッカ・マティーニなるカクテルを愛飲していた。セリフは
"Vodka Martini, Shaken, not stirred"
(ウォッカマティーニを、ステアでなくシェイクで)
ふつうジンベースで作るカクテルの王様マティーニをウォッカベースに変え、ミキシンググラスでステアして作るのではなく、シェーカーでシェイクしてというオーダーだ。レシピは、ウォッカ3/4+ドライ・ベルモット1/4あるいはウォッカ4/5+ドライ・ベルモット1/5あたりか。酒+酒のショートカクテルなのでアルコール度数は35度以上。ハードボイルドな映画によく似合う。
カクテルにすればウォッカの分量でアルコール度数を簡単に調整できると前述した通り、もっと軽いドリンクも作れる。ウォッカ1/8くらいにして、甘酸っぱい果汁を絞り、ソーダで満たす。こうすればアルコール度数は約5%ほどの爽やかなアルコール飲料ができる。コンビニやスーパーの冷蔵ケースに並んでいる缶チューハイがまさにそれ。
でもね、どこでどう造られたのかもわからない無名のウォッカを使ったドリンクをガブガブ飲むより、由緒正しき伝統を受け継いだウォッカを、ボンドのように、クールに味わいたいと思うのだけど。
【おすすめウォッカ】
STOLICHNAYA
ストリチナヤ(ロシア)
その名は「首都の」を意味し、モスクワ生まれのロシアを代表するウォッカ。無味無臭といわれるなかにも、ほのかなアロマや風味が感じられる。
BELVEDERE
ベルヴェデール(ポーランド)
ベルヴェデール宮殿にちなんで名づけられたラグジュアリーウォッカ。4回の蒸留を経て、ベルベットのように滑らかで、ピュアな味わいが特長。
STOLOVAYA
ストロワヤ(ロシア)
こちらも典型的なロシアのウォッカ。名前は「食卓の」を意味する。50度だったアルコール度数が40度になって、飲みやすい? もの足りない?笑
CHOPIN
ショパン(ポーランド)
ポーランド出身の作曲家フレデリック・ショパンに由来。厳選したポーランド産ライ麦のみを使用し、ライ麦パンと胡椒の風味。ボトルも斬新。
FINLANDIA
フィンランディア(フィンランド)
フィンランド産の六条大麦と天然氷河水で造られたプレミアムウォッカ。原料となる水は1万年前の氷河期から存在する氷堆積で濾過された湧水。
ABSOLUT
アブソルート(スウェーデン)
南スウェーデンの小さな蒸留所で一元製造・管理されたウォッカ。穀物を思わせるリッチな香味のなかに、ほのかにドライフルーツの香りが漂う。
BELUGA
ベルーガ(ロシア)
ほとんどが輸出用とされるロシアのスーパープレミアムウォッカ。ベルーガはチョウザメの意。シベリアの地下250mから湧き出る水で造られる。
SPIRYTUS
スピリタス(ポーランド)
蒸留を70回以上も繰り返し、アルコール度数は世界最高の96度!罰ゲームで飲むような若者もいるが、もちろん危険。果実酒つくりやカクテルに。
GLEY GOOSE
グレイグース(フランス)
フランス産の最上級冬小麦とグランシャンパーニュの湧水が原料。濾過を最小限にとどめた味わいある風味で、世界のセレブたちを魅了している。